愛知県議会議員・知多大二郡(武豊町・美浜町・南知多町)

森下とし久
政策

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◯六十二番(森下利久君) 通告に従いまして、防災対策、命が第一、命を守るまちづくりについて質問をいたします。
 このたびの東日本大震災により亡くなられた方々の御冥福をお祈り申し上げますとともに、被災された皆様、その御家族の方々に心よりお見舞いを申し上げます。一日も早い復旧と復興されることを心よりお祈りを申し上げます。
 三月十一日午後二時四十六分、町の防災無線は六メートルの津波が来ると伝えましたが、六メートルの津波ならここまでは来ないと思った町民が多かったと報道で知りました。
 過去の東北の地震を振り返ってみますと、岩手県の歴史は、津波の被害の歴史とも言える一八九六年の明治二十九年の明治三陸津波、一九三三年の昭和八年、 昭和三陸津波で、地域は更地同然の壊滅状態となり、その後の巨大な防潮堤の整備が始まり、昭和三陸津波の翌年、約四十年の歳月をかけ、高さ十メートルの総 延長約二・四メートルの防潮堤が完成をしました。
 今回の津波では、防潮堤を乗り越え、地域を襲い、大勢の死者と行方不明者が出ましたが、防潮堤のない地域では、五キロから十キロの地点まで津波により壊滅的な被害が起きております。
 東日本大震災では、二万四千人の死者と行方不明者、十万戸以上の家屋が全半壊、避難者約十三万人となる日本史上最大の大災害であります。
 普代村で三陸津波の被害を二度受け、村民の生命と財産を守るという強い思いから、十五・五メートルの防潮堤と水門が整備をされたため、今回の津波被害を 防ぐことができました。普代水門は、一九八四年、総事業費三十五億六千万円を投じ、十二年の歳月をかけて完成しました。県の事業で過去の津波状況から防潮 堤と水門が十五・五メートルとした判断は、決して間違いではなかったと言われております。
 今回の東日本大震災は、千年に一度と言われる震源地、宮城県三陸沖のマグニチュード九・〇の巨大地震が発生し、三分後に気象庁が岩手県、宮城県、福島県 の各県に大津波警報を発令しましたが、三時十五分、岩手県大船渡市を津波の最大波が襲いました。ある男性が、煙だという声を張り上げ海側を見ると、黄色い 煙がもうもうと舞い上がったと、その声は、津波だ、津波だと言って逃げたと聞いております。
 岩手県宮古市の姉吉地区は、山に囲まれた漁港で、押し寄せた津波は陸地の斜面をさかのぼり、過去最大規模の三十八・九メートルを記録いたしております。
 高台に十分な土地がない漁師町ゆえ、時がたつと海に近い場所に家が建つ、そんな歴史を繰り返してきました。津波対策として、高さ十メートル、二重防潮堤 が築かれ、全長二・四キロにわたって延びた海岸線に潮位監視カメラを設置、各箇所に防災無線が配備をされても、再び多くの命が奪われました。まさに自然災 害の恐ろしさを見せつけられたところであります。
 日本の防災対策は、一九六一年制定の防災対策基本法で確立をされ、その二年前、五千人余りの犠牲者を出した伊勢湾台風が契機となり、同法は、国民の生 命、財産を保護する国や自治体の責務を明記して以来、公共事業による治水、治山、海岸防護が進み、毎年の犠牲者は飛躍的に減りましたが、近年の日本は、温 暖化の影響により局地的豪雨の急増がふえ、震災前から想定外の時代に入っていると思います。
 防災は、行政がやるもの、潜在的な意識が広がっており、行政の責任を重要としつつ、住民の自発的な自主、共助意識も重要であり、津波から懸命に逃げ、多くの人がみずからの命を守ったことに目を向けていきたいものであります。
 大切なことは、日ごろから自然災害を恐れつつ、向き合う姿勢を社会に根づかせる。次の時代に教訓として受け継いでいく責任が私たちにはあります。
 無論、行政がすべきことは多くありますが、自主努力も必要であり、安全確保のためには高台への駆け上がりが重要であり、自分の命をだれが守るか、また、守れるか、日ごろからの心がけが重要であります。
 岩手県宮古市の姉吉地域には、細道の石碑があります。碑には、「想へ惨禍の大津波、幾歳月経つとも要心あれ」と刻まれた先人の教えを住民は守り、今回の 津波で被害は少なかったところであります。先人の教訓を守る例は少なく、まさかここまでは来ないと考えることが大きな災害につながります。
 八六九年、貞観の地震以来、千百四十年ぶりの大地震、大津波でありました。これまでの巨大地震の発生とは、一九六〇年、チリ地震のマグニチュード九・五 と、二〇〇四年のスマトラ沖地震のマグニチュード九・一がありました。今回の東日本大震災でマグニチュード九・〇の過去最大巨大地震が発生をいたしまし た。
 明治三陸地震ですが、そのときの津波の高さが三十メートルを超えたのは東北全体で二カ所であり、今回の地震で約二百キロの海岸線で津波の高さは二十メートル以上及び八カ所で三十メートルを超えたと言われております。
 北海道から宮城県の太平洋側で到達した高さが三十八・九メートルと記録をされており、死者、行方不明者二万四千人の未曾有の大災害をどう復興させていくか、お国、自治体の早急な対策が必要であります。
 今回、私たち一九会で、六月八日から三日間、宮城県の仙台市、松島、女川、石巻、南三陸、気仙沼、岩手県の陸前高田市、大槌町の被害の状況と災害復旧の問題点を調査してまいりましたので、私の思いも合わせ、質問をいたします。
 気仙沼の被害状況は目を疑う、覆う津波の恐ろしさを痛感し、これほどまでに壊滅状態になるのか、全く想像のつかないひどい状況であり、まちのど真ん中に 大型船が何隻も打ち上げられて、大きな石油タンクが横倒しとなっており、水産加工場や大型冷蔵庫の倒壊や、この世の出来事とは思えないような悲惨な風景で ありました。
 マスクを二枚しないと外には出られないひどい悪臭であり、気仙沼港は、カツオ漁十四年連続日本一の有数の水産物の拠点であります。
 気仙沼港の水産業者に早急に国を挙げて対策に取り組まないと日本の水産業はだめになると私は思いました。
 気仙沼港で千隻の漁船が打ち上げられて、大型船の船体重量が四百トンから五百トンあります。陸上から海に戻すには、大型クレーン二基で慎重に釣り上げ、 新幹線を運ぶ大型車両専用トレーラーで海に運び戻します。この費用は一隻一億円以上かかり、保険会社の負担に決まったと聞いております。
 漁師にとって漁船は命であり、生活のすべてであります。三カ月たって、いまだ市場の岸壁は大潮に冠水をし、かさ上げも急務であります。漁船は少しずつ動 き始めましたが、港付近にある百三十の水産加工業者も全壊をしており、仲買人や関係者、そして、魚には氷が欠かせません。漁船、市場、関連施設が復興しな い限り、水産物の物流はできません。
 漁船流失一万八千二百七十七隻、水産被害額八千八百八十八億であります。漁港の崩壊は、東北で二百五十港と未曾有の大災害であります。
 ようやく百二十二日目の六月二十八日、気仙沼港にカツオ船が四十五トンを持って入港、初市が行われ、一キロ最高高値が三千二百三十円と、去年の九百三十五円の三倍以上の御祝儀相場で入札をされ、港は活気づき、港は一歩一歩動き始めました。
 市場関係者は、この海を相手に生きるしかない、今まで生かされてきたんだもん、恨みはねえ、海があればきっと立ち直れると言っておりました。一日も早く復興をただ祈るだけであります。
 次に、石巻市の北上町市立大川小学校は、避難所に指定をされていたため、住民の多くが避難をしてきましたけれど、小学校は北上川の堤の下にあるので、今 回の大きな津波には避難所として危険なため、学校より高い場所、北上川の橋の方向に向かって移動中、津波に飲み込まれ、全校児童百八人中七十四人と先生十 人が犠牲となった学校であります。
 学校横、目の前に百メートルのところに裏山があり、山に逃げれば多くの児童が助かったはずです。ちょっとの判断が大変残念な結果となりました。津波が来たら高台に逃げるという日ごろからの訓練が大事であることを痛感いたしました。
 現況は、近くに裏山があり、逃げれば避難できる場所なのに、判断一つで大変悲しい、取り返しのつかない、まさに生死の分かれ目でありました。
 釜石の学校では、日ごろから、津波が来たら高台に逃げる訓練をしていたため、今回は一人の犠牲者もなかった対象的な実例であります。
 次に、女川の第二小学校の対策本部に、女川町の安住町長に表敬訪問をし、当日の地震の状況をお聞きいたしました。女川町は、サンマ日本一水揚げの港であ り、原発が三基ある人口一万十六人の小さな町であります。死者、行方不明者九百四十二人、人口の一割近くの人が亡くなり、家屋は八〇%に当たる四千三百七 十五戸が全壊をいたしました。
 三月十一日は、議会開催中、地震が起き、直ちに議会を中止し、津波が来るぞとの声で慌てて裏山に逃げ、避難をしましたが、口では言えないほど、今までに 体験したことのない地震が起き、なすすべがなかったそうであります。とにかく、津波が起きたら高台に逃げるより助かる方法はないと体験談を話していただき ました。今なお住民の皆様は、高台にある女川第二小学校で避難をされております。
 原発については、役場の裏側地域にあり、建設当初は、海抜九メートルの計画を十四メートルのところに建設したので、今回は災害に遭わずよかったと安堵をいたしております。これから町の復興が大変で、毎日が忙しい、忙しいと語っておりました。
 南知多町の石黒町長のメッセージと、後日、町の義援金をお届けしますと伝え、頑張ってくださいと激励をし、ほかへ移っていきました。
 次に、岩手県の大槌町は、人形劇ひょっこりひょうたん島のモデルになった島の町であります。加藤町長は、役場の前の駐車場のテントで防災会議を行おうと し、大津波が押し寄せ、町の職員百三十六人中、三十二人、町長を初め三十二人の職員が亡くなりました。町民の多くが、町の防災会議を役場の前で行っている ので、避難命令が出ても逃げなくても安心だと思われ、逃げなかった町民の多くが犠牲になったと聞きました。人口の割に、千七百二十九人の多くの犠牲者とな り、見る限り瓦れきの山、無残な風景でありました。
 陸前高田市は、歌手、千昌夫のふるさとであります。死者、行方不明者合わせ二千百四十二人、全壊家屋三千六百十四戸、岩手県で一番多く被害が出ました。 陸前高田市には、同僚の須崎、原、石井議員がボランティアを行ってまいりました。港に残った一本の松の木の生命力のすごさを感じました。一日も早く復興を ただ祈るだけであります。
 南三陸町では、死者、行方不明者合わせ千百九十九人、全壊家屋二千八百三十三戸の被害となりました。町の中央付近にあった三階建ての防災センターで、最 後の最後まで住民に避難を呼びかけ続けた女性職員、遠藤未希さんも犠牲となり、防災会議をしていた佐藤仁町長は、職員十五、六人と屋上に駆け上がり、防災 の無線塔に上った町長以下四、五人だけが助かり、後は全員流され、亡くなりました。防災センターの残骸が津波の恐ろしさを語っておりました。
 まだまだ現場では悲惨な状況がたくさんありますが、調査の状況を踏まえ、これからの防災対策に生かしてまいりたいと考えております。
 これだけの大災害の中、東北の一番の観光地、松島町だけは、他の市町に比べると被害が格段と少なかったのは、無数の島が点在をし、津波が分散したからだと思われます。
 これからの防災は、今回の教訓から、津波を分散させる巨大化させない堤防のあり方を検討する必要があります。参考にすべき大きな課題であります。
 いろいろ申し上げてまいりましたが、東海地震、東南海地震、南海地震の確率三十年で八七%と想定をされております。
 そこで、まず、一点目の質問をいたします。
 この地域における今後の地震、津波の被害想定をどう考えており、また、当面どうするつもりかお伺いをいたします。
 中央防災会議で、東海地震が連動して起きた場合、想定される津波が五メートル以上の範囲が、伊勢湾を除く三重県の海岸全域と愛知県の豊橋の六・一七メートル、名古屋の二・五四メートルと報道をされました。
 県下には、海抜二メートル、三メートルの地域が多くあると思いますが、東北の津波の被害を分析しますと、宮城県の松島港は観光地であり、国道四十五号線を挟んですぐ海岸線まで商店街が並んでおります。
 瑞巌寺の前は、遊覧船の船着き場もあり、商店街もほかの市町と比較すると被害の状況が格段の差があります。
 これは先ほど申し上げましたが、港の前の沖合に無数の島があり、この島が防潮堤や防波堤の役割をし、津波の力を分散したから、ほかの市町と違って、海岸線であっても被害に格段の差が出たと私は思っております。
 そこで、二つ目の質問をいたします。
 これから県下の海岸線の防災対策を計画する上で、高い防潮堤よりも二重、三重式の防波堤を計画したほうが、多少事業費がかかっても、被害の状況や安全面をも考えれば、数倍の安全が確保できると私は思います。
 南知多町は、漁業の町であり、多くの漁港がございます。港町は、漁業者や仲買人たち、市場関係者が景気づかないと町の活力が生まれません。
 南知多町では、地震が連動して起きたら、津波が三メートルと想定されております。もし三メートルの津波が押し寄せたら、陸上では十メートル前後となりま す。海岸線まで住宅のある我が町は、壊滅的な被害は免れません。命を守るには、裏山に逃げる、高台に逃げることしかできません。篠島、日間賀島を含め、約 二十キロの海岸線の安全を図るため、津波対策をどのように考えていかれるのかお伺いをいたします。
 また、三つ目として、漁港について質問をいたします。
 今までは、地震を想定した防災対策、震災対策をしてまいりました。これからは、津波を想定した今後の管理体制を見直すべきではないかと考えておりますが、県として、漁港に対して、今後どのような津波対策をするのかお伺いいたします。
 伊勢湾台風以来五十二年たち、年々、海岸線の防潮堤や防波堤も老朽化をしており、東海地震や東南海・南海地震が連動して起きたら、海抜二メートル、三 メートルに密集している住宅地では、想定される三メートルの津波には、到底皆様の生命や財産を守ることはできないかもしれません。
 海岸線の防災対策、津波対策は長い年月がかかるし、膨大な費用もかかります。海が売り物の海で生きる我が町が、高い防潮堤や防波堤で海が見えなくなるこ とは、観光として大きなマイナスになります。しかしながら、皆さんの命を守りたい、そんな気持ちでいっぱいであります。
 命を守るまちづくり、自然災害の恐ろしさを痛感いたしました三日間の現地の調査でありました。命を守るまちづくり、早急にお願いをいたしまして、次の質問に入ります。
 次に、災害で間接被害を受けている観光業、ホテル、旅館に対しての金融支援について質問をいたします。
 三月十一日の東日本大震災以後、国を初め、多くの関係者が復旧、復興に向けた懸命の努力を続けておられます。しかし、いまだ十分な復興がなされていると は言いがたく、一方では、原発事故の解消には展望も見えず、日を経るに従って、より重大な、深刻な問題となってきております。政府は、一日も早い安心・安 全を国民全体に届けていただきたいと痛感するところであります。
 さて、東北、北関東に著しい震災被害を与えた今回の東日本大震災で、本県の産業は、幅広く、かつ大きな打撃をこうむりました。
 日本経済全体が萎縮をし、自粛ムードが蔓延する中、観光業、ホテル・旅館業といった業種において、客足が急激に減少し、経営の存続を脅かされる状況となっております。
 例えば県下有数の観光地である知多半島の南知多町では、震災後に予約のキャンセルが相次ぎ、前年度同期に比べ利用客は七割減少しました。二、三カ月たった今でも五割前後の利用にすぎず、このままでは多くの旅館業で経営の危機を迎えております。
 震災後、当局におかれましては、早速、あいちガンバロー資金を創設していただき、感謝をいたしております。この資金は、中小企業の緊急資金繰り支援制度 であり、多くの中小企業の資金繰りの改善に役立っておりますが、リーマンショック後、業況が悪化をした際、借り入れした資金に対し、中小企業金融円滑化法 を利用して条件変更を行っております中小企業者は、同資金の利用が難しいと聞いております。
 そこでお尋ねをいたします。
 県としてどのような考えをお持ちなのかお伺いをいたします。
 明確な答弁を期待いたしまして、壇上の質問を終わります。(拍手)

◯防災局長(中野秀秋君) 本県が地震・津波対策を進めている第二次あいち地震対策アクションプランの被害想定は、東海地震及び東南海地震が連動して発生した場合を前提としております。
 東日本大震災では、従来、別々の地震とされておりました複数の地震が連動し、地殻変動の大きさから大津波が発生し、想像を絶するような被害が生じたところでございます。
 一方、国は、今年度には、東海・東南海・南海の三連動地震を想定した被害予測を行い、来年度には、三連動地震に係る新たな地震対策大綱等の策定を進めることとしております。
 こうしたことを受け、先ごろ開催いたしました愛知県防災会議におきまして、今後の愛知県における地震防災対策を抜本的に見直すため、東日本大震災の課題 を踏まえ、本県の災害対応力の検証を行うこと並びに東海・東南海、南海地震の三連動による発生を想定した被害予測調査の実施を決めたところであります。
 また、新たな被害想定が出るまでの間は、当面の緊急の対策として、市町村が住民の方々に避難情報を的確に伝えるための同報系防災無線の整備と、防災マッ プの作成事業に対する市町村への補助金の補助率のかさ上げを行い、住民の皆様の迅速な避難対策を推進しようと考えており、今議会に必要な経費を予算計上さ せていただいております。
 さらに、この秋には、住民の方々の避難誘導訓練を中心とした津波に的を絞った防災訓練を南知多町と合同で実施することとしております。
 以上でございます。

◯建設部長(近藤隆之君) 南知多町の海岸線の防災対策についてでございます。
 知多半島先端部に位置する南知多町は、東海・東南海二連動の地震が発生した場合、四十分から五十分程度で津波が到達すると想定され、水門などの開口部より浸水するおそれがございます。
 このため、南知多町の二十キロメートルの海岸線につきましては、地震の強い揺れにより損傷のおそれがある水門などの耐震補強を行うとともに、開口部が広 く、閉鎖に時間を要する防潮扉の操作性を向上させるため、電動化や軽量化を重点的に進め、平成二十一年度までに水門八基、防潮扉五十五基、樋管一基の整備 を完了いたしました。
 さらに、主要な水門や防潮扉を光ファイバーにより南知多町役場に設置した防災ステーションと結び、遠隔操作で閉鎖できるようにいたしました。
 また、平成二十二年度からは、老朽化している海岸堤防の防護機能を高めるため、コンクリートの補強対策などを進めているところでございます。
 引き続き、第二次あいち地震対策アクションプランの目標としております平成二十六年度の完成に向けまして、重点的に整備を図ってまいります。
 次に、南知多町の漁港の津波対策についてでございます。
 漁港周辺は、民家が密集し、一般海岸と異なり、漁港への出入りための防潮扉や河口部の水門が多数設置されております。
 南知多町には七つの漁港がございますが、県が管理いたします師崎、豊浜の漁港だけでも防潮扉や水門は五十カ所以上設けられており、地震が発生した場合、これらの扉を速やかに閉じ、津波の侵入を防ぐことが重要な課題でございます。
 このため、短時間での閉鎖や閉鎖状況の確認ができるように、防災ステーションから消防団員への一斉連絡体制を整えるとともに、漁港の利用者をいち早く安 全に避難誘導するため、防災ステーションから地震や津波の情報をリアルタイムで漁港にある電光表示板やスピーカーなどにより伝達する仕組みも整えておりま す。
 また、今年度は、県管理海岸について、詳細な地形測量を行い、この成果を市町村に提供し、津波ハザードマップの作成が促進されるよう支援してまいりたいと考えております。
 本県といたしましては、東日本大震災の教訓から、津波対策はハード対策のみならず、避難体制を強化するなどのソフト対策がより重要になってくると考えており、南知多町を初めとした関係機関との連携を一層強化し、津波対策に取り組んでまいります。
 私からは以上でございます。

◯産業労働部長(木村聡君) 返済期間の延長等の条件変更を行っている中小企業に対する資金繰り支援についてお答え申し上げます。
 平成二十一年十二月に施行され、本年三月に一年間延長されました中小企業金融円滑化法では、中小企業などから借入金の返済に係る条件変更の申し込みがあった場合において、金融機関は信用保証協会と連携し、条件変更を行うよう努めることとされております。
 本県でも、関係者に対し、こうした法の趣旨について周知に努めてきているところでありまして、平成二十二年度に県の融資制度で元金返済の据え置きなどの 条件変更が行われました実績は、件数ベースで前年度比一六四%の一万二千百六十六件、金額ベースで前年度比一七九%の千七百七十四億円となっているところ でございます。
 また、本県では、本年四月、東日本大震災の影響を踏まえ、銀行協会を初めとする地域の金融機関の代表者の方々にお集まりいただきまして、中小企業から貸 付条件の変更などの申し込みがなされた場合には、その実情に応じ、弾力的かつ機動的に対応していただくよう、知事から要請をさせていただきました。あわせ て、担当職員が個々の金融機関を訪問し、直接同趣旨の要請を行ったところでございます。
 御指摘のありましたあいちガンバロー資金を含めまして、本県の融資制度では、既往の借り入れの条件変更、これを行っていることのみをもって新たな融資の 申し込みが断られるということはなく、金融機関におきまして、中小企業の個々の経営状況や返済の見込みなどを総合的に勘案した上で、融資の可否が最終的に 判断されておるところでございます。
 現に、条件変更を行っている中小企業に対し、追加の融資が行われている実績もございますが、いずれにいたしましても、県といたしましては、厳しい経営環 境にあります中小企業の資金ニーズにきめ細かく対応していただくよう、今後ともさまざま機会をとらえて、地域の金融機関に働きかけをしてまいりたいと、こ のように考えておるところでございます。
 以上でございます。

◯六十二番(森下利久君) ただいまいろいろ御答弁をいただきまして、それぞれ南知多町については、いろいろ大きな事業をやっていただいていますし、津波ステーションも完成をさせていただき、大変ありがたいなと、こんなふうに思っております。
 しかしながら、三月十一日を契機として、日本じゅうが今までは地震対策ということでありましたけど、日本じゅうが津波対策ということで、私どもの町は、 海抜二メートルとか三メートルのところに民家が密集しておるわけでございます。そういう意味で、今回、初めて愛知県が十月の上旬に南知多町で津波の防災訓 練をやってくれるということで、大変これはありがたいなと、こんなふうに思っております。
 そういう意味で、私の住む師崎の地域では、既に六月四日に師崎の区民が津波の訓練をやったということで、裏山へ逃げる訓練をやっておりましたけど、なか なか裏山は整備がされていないということで、草木がいっぱいあるということで、なかなかその道に着いてもスムーズには行けなかったと、こういうことでござ いますので、やはり命を守るという意味からいけば、裏山へ逃げるしかないのかなと、そういう中で、裏山へ逃げる整備を一日も早く、また行政としてもしっか りと県も応援をしていただいて、地域の皆さんの命を守ってほしいなと、こんなふうに思っております。
 二十メートル逃げれば、南知多では、三メートルの津波であれば、恐らく十二メートルが陸上での一番の高さかなと、こんなふうに思っていますので、二十メートル未満の山道を、裏山の整備をしていただけたら大変ありがたいと、こんなふうに思っております。
 昔のことわざに、地震、雷、火事、おやじと、こういうことを私は子供の時分からよう聞いておりました。今は、地震、津波、原発、風評被害と、こういうこ とを言われています。そういうことで、おやじはどこかへ消えてしまいました。そういうことで、地震対策、津波対策が膨大な費用と歳月がかかるわけでありま す。何よりも命が大事と考えれば、やっぱりそうした皆さんの命を守るためには、一日も早いそうした津波対策に万全を期していただくことが重要だなと、こん なふうに思っておりますので、強く要望いたしまして、終わります。

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